ポセイドン変幻〔赤江瀑〕

画像とっくに読了していたのですが、感想を書きそびれていました。(トロいんで、打ち込むのに時間がいるんですわ)
短編六編のうち三編を書かせていただきます。

まずは、表題作の「ポセイドン変幻」から。
主人公の女性が婚約者である男性の死の原因と突き止める為に、その妹と共に山陰の海に訪れるのですが、そこで一人の若い漁師に出逢う。
男は鮫を捕らえる為に自らの身体を犠牲にしてまで追い続けていた。
鮫を追い詰める理由がまた凄惨で、この漁師が真に心の安らぎを得られる日は生きている限りないだろうと思わせるものでした。
この若い漁師を主人公に話を進めてくれればよかったのに、表題作にしては、消化不良に感じる話でした。

一匹の鮫を執拗に追い続ける男の妄執も恐ろしいのですが、海で無惨な死を遂げた男の妹と婚約者、二人の女性の陰湿で暗い嫉妬のぶつかり合いの方が印象に残ってしまいました。
二人とも身内を亡くした悲しいもの同志、仲良しなフリをしているんですけど、主人公は妹が「お兄ちゃま」という言い方がイチイチ神経に障っているし、妹の方は女がいつか自分に嫉妬を剥き出しにして叫び出すだろう事を待ち構えている、もう正に“オンナ同志”水面下のぶつかり合いって感じでしょう?
この部分は男性作家が書いているとは思えない上手さなんですけど、あまりに上手くて、この短編のベースにある“鮫”の存在が霞むんですよ。
文字通り、身を削って鮫を捕らえるために生きてる軍次が不憫でならない。

この短編集の中では「春猿」が特に良かったと思います。
ドラマや映画のオーディションで、主演を射止めた幸運な若者が採用決定と同時に姿をくらまして、現われなくなった。
この不可解な行動する青年、どうも全て同一人物らしかった。
職業…旅役者、当年22歳、本名…高村勝。
彼は実際に「芳沢春猿」という旅芸人で、歌舞伎をやっている人物だった。
やがて、彼の「弁天小僧」に魅せられた歌舞伎役者の七之助と床山のヒカル、二人の間に不穏な空気が流れはじめていた。
歌舞伎界の舞台裏と旅芝居の舞台裏、両方の世界が垣間見える話でした。
旅役者の「芳沢春猿」を「市川春猿」でイメージしながら読んでいたので、すごく切なくなってきました。
国立劇場の養成課“歌舞伎俳優研修”が受けられれば、本歌舞伎の世界に入れて歌舞伎役者になれたかもしれない逸材なのに。
生まれが悪いのか運が悪いのか巡り合わせが悪いのか?
床山のヒカルが鬘を直してやろうと芳沢春猿の楽屋に押し掛け、鬘を少し手直しして簪を挿しこんでやったシーンなんて、何度読んでも泣けてくる。

「恋牛賦」(光文社文庫の『花夜叉殺し』にも収録されています)
“ザ!赤江瀑!”炸裂の濃密で官能的、愛憎渦巻く毒々しい話なのですが、何度読んでも哀しくて恐いです。
国の重要文化財の指定を受ける京都にあるG寺院の建造物の一部である板戸に、突然無断で一頭の黒牛を描き込もうとし、それを咎められ、脇腹を一本の湾曲した牛の角で抉り、悶絶死した藤江宗隆。
彼が何故こんな事をしでかしたのか?
謎が謎を呼び、主人公が辿り着いた真実は、こちらの予想を裏切るものでした。
オチが二段構えになっている話で、読了後は“オオ…”と感嘆しきりだったのですが、暫くして考えると“藤江宗隆が本当に愛していたものは何だったのか?”ケリが着いたようにみせておいて、真実は誰にもわからない…。
登場人物の殆どが救われず、一見、無傷に見える人物は、ただ置いてけぼりにされているだけいう哀しい話ですね。
(赤江小説の殆どが、こんな感じですが)

ポセイドン変幻〔赤江瀑〕
恋牛賦
春猿
ポセイドン変幻
ホタル闇歌
灯籠爛死行
八月は魑魅と戯れ

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